奄美大島の概要
奄美大島 (あまみおおしま)は、鹿児島県名瀬市の大島郡笠利町、龍郷町、名瀬市、大和村、宇検村、住用村、瀬戸内町からなり、九州南方海上にある奄美諸島の主要島で、大島とも呼ばれています。面積約710平方キロメートル、文化的には鹿児島本土よりも沖縄の文化の影響が強く、方言は琉球方言の一部として扱われています。 日常使われている言葉や民謡の歌詞には、日本の古語が残っており、民俗学的にも重要とされる珍しい風習も数多く残っています。
主な産業は、漁業や伝統工芸であり、特産品の大島紬、農業では、米、サトウキビ、サツマイモが生産され、米は二期作が行われています。他にはガジュマル、アダン、ビロウ、ヘゴ、ソテツなどの樹木やバナナ、パパイヤ、マンゴー、パイナップルなどの熱帯果実も栽培されています。
天然記念物として奄美大島にしか生息していないといわれるアマミノクロウサギ(国特別天然記念物)、 ルリカケス(国天然記念物)もこの島の特徴の一つです。
奄美大島のあゆみ
その昔、「日本書紀」に「海見島」と記されていた奄美の島々に人が住み始めたのは、旧石器時代の約2万年前からといわれ、笠利町や伊仙町から遺跡が発掘されたことからわかりました。また、縄文時代から既に九州との交流も行われていたそうです。
1492年になると、「尚巴志」が沖縄全土を統一し、王朝が誕生しました。そのことから、それまで交流が続いていた沖縄とは服従関係に変わってしまい、1609年(慶長14年)に薩摩藩の琉球攻略により、廃藩置県が行われるまでの260年間は薩摩藩の統治下に置かれました。
1889年(明治22年)市町村制が施行されましたが、奄美諸島は枠外に置かれ、太平洋戦争の終戦後は、本土と分離されてしまいます。その後、米軍による直接統治が行われましたが、1953年(昭和28年)島民の祖国復帰運動の結果、12月25日に念願の祖国復帰を果たし、今日の奄美大島に至ります。
奄美大島の名前の由来
奄美大島の由来は、その昔、「海見」、「阿麻弥」、「奄美」と記されていたそうです。また奄美大島は、琉球(沖縄)国に属していたことから、 琉球国の始祖「阿麻弥久(アマミク)」がこの地に降臨したという云われから「アマミ」となったようです。
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名瀬市立奄美博物館 |
| 住所: |
〒894-0036
鹿児島県名瀬市長浜町517 [地図を見る] |
| 電話番号: |
0997-54-1210 |
| 開館時間: |
9:00〜17:00(入館は16:30まで) |
| 休館日: |
第3月曜日、年末年始(12/28〜31、1/1) |
| 入館料: |
一般300円(団体210円)
高校生・大学生150円(団体100円)
小中学生100円(団体50円)
※団体は20名以上 |
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